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「まち」(小野寺史宜)

両親を亡くし、尾瀬の荷運びを生業とする祖父に育てられた主人公:瞬一。

「よその世界を知れ。知って、人と交われ・・・」とじいちゃんに言われて東京に上京し、隣人やバイト仲間と助け合ったり苦楽を共にしていく物語です。

前作「ひと」からつながる物語との事で、砂町銀座商店街の「おかずの田野倉」も登場します。

東京下町の風景と”人の温かさ”を感じられる作品で、心穏やかに一気に読むことが出来ました。

じっちゃんが尾瀬から瞬一を訪ねてきて話します。

・・・瞬一は頼る側じゃなく、頼られる側でいろ。お前を頼った人は、お前をたすけてもくれるから。たすけてはくれなくても、お前を貶めはしないから・・・

決して器用な生き方ではないかもしれないし、”日に当たらない”生き方かもしれないですけど”人を大事にする”ことが一番と、あらためて痛感させられた一冊でした。

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「ブラックウェルに憧れて」(南杏子)

医科大学の解剖学実習で組まれた女性だけの4人の班と医科大学で初の女性教授。20年後医師としてそれぞれの道を選び、命と向き合う5人の物語です。

2018年に大きな話題となった、医科大学の一般入試での女性受験者への差別事件。受験者側に説明のないまま女子受験者の点数を減点して、合格者数を調整していた事が各地の医大で長年行われていた問題はまだまだ記憶に新しいと思います。その事件を切り口として5人の女医達の苦悩や葛藤が描かれています。

男女雇用機会均等法等が成立されたのが昭和60年、労働者が女性であることを理由とした差別的な取り扱いが禁止されていますが、未だに根強く「男尊女卑」が残る社会があると痛感させられた一冊でした。

女性教授がする際の最終講義で医師たちに語り掛けます。

”男性医師たちよ、どうぞ偽りなく誠実に。そして親愛なる女性医師たちよ、勇敢であれ!”

そしてタイトルにもなっている、ブラックウェルの言葉

”もし社会が女性の自由な成長を認めないのなら、社会の方が変わるべきなのです”

医療に携わっている方、これから医療を目指そうとしている方に、そして男性に読んでいただきたい一冊です。

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「史上最強の内閣」(室積光)

北朝鮮が、日本に向けた中距離弾道ミサイルに燃料注入を開始したとのニュースが流れ、京都に隠されていた「本物(影)の内閣」が政権を握るというストーリー。

本作は2010年に刊行され一部加筆されて文庫化されていますが、そのまま現在の情勢を映しています。はなはだ乱暴なストーリーとも思いますが、全く進展の無い日朝関係に風穴を開ける”指標”を示してくれているのではないでしょうか?。

弾道ミサイルを発射される度に、「厳重に抗議する」と判で押したように会見する政権には、こうしたカンフル剤が必要なのではないですかね。

また何故にいまでも朝鮮半島で「反日」感情が根強く残っているのか?中国とロシア、アメリカとの関係性も、独自の論点で物語に取り込まれています。

最後はまさに”痛快活劇”を見ているような、楽しめるエンタテインメント小説です。

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「<あの絵>のまえで」(原田マハ)

日本に数ある美術館の名画。ゴッホやピカソやモネなどの絵画のまえでおきる6編の物語。各々の名画の説明も原田マハさんらしいですし、その場所へ至るまでの物語が素敵な短編集です。

なかでも東山魁夷さんの代表作「白馬の森」をモチーフとした「聖夜」のラストシーンはまさに情景が浮かんでくるようでした。

本書を片手に美術館を回って”<あの絵>のまえで”時を過ごしたいと思ってしまいました。

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「ひと」(小野寺史宜)

両親を亡くし、大学を辞めた主人公:柏木聖輔。空腹に負けて吸い寄せられた砂町銀座商店街の総菜屋で、最後に残った五十円のコロッケを見知らぬお婆さんに譲った事から物語が始まります。

”天涯孤独”の聖輔を取り巻くバイト先の主人や先輩、そして大学時代の友人達との交流。情緒溢れる”砂町銀座商店街”が温かく描かれています。

そんな聖輔の希望への一年間の物語。

小野寺さんの作品は初めて読みましたが、他の作品も読みたくなりました。

そして聖輔の”その後”が気になります。

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「かすがい食堂」(伽古屋圭市)

憧れの職業に就いたにも関わらず、激務によって心身共にダメージを負った主人公:楓子(ふうこ)。祖母が営む東京・下町の駄菓子屋「かすがい」を継ぐことになります。ある少年と出会う事で、店の台所で食事を提供しはじめて物語が進んでいきます。

楓子の”情熱”と”とまどい”がうまく描かれています。

「貧困」「動物保護」「摂食障害」など様々な事情を抱える子供達を通じて、今の日本が見えてきます。

本作で描かれた問題は決して”一握りの問題”ではないものとあらためて感じさせられましたね。

二作目「かすがい食堂 -あしたの色-」では「ヘイトスピーチ問題」までが描かれています。

いろいろな意味で今の日本を考えさせられるシリーズです。

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「秋山善吉工務店」(中山七里)

父を火災で失った母と息子二人。止むを得ず父の実家の工務店に身を寄せるが、昔気質の祖父・善吉が苦手。それでも新生活を始めた三人には、数々の思いがけない出来事が・・・。家族愛と人情味溢れるミステリー。

べらんめえ口調の善吉は孫が悪い友達に誘われそうになった時に言います。

「どんなダチを作るかなんざ本人の勝手だ。親や周囲がとやかく言うこっちゃねぇ。かくいう俺だって、昔からの知り合いは半分が凶状持ちだからな。元よりそんな資格もねぇ。けどな、自分が選んだ限りは筋を通さなきゃいけねえ。ダチが困っていたら、どんな時でも助ける。ダチが正当な理由もなく罵るヤツを許さない。親兄弟に嘘を吐いてもダチには吐かない。そして決して裏切らない。そういうことを全部守れるんだったら、お前が誰をダチに選ぼうが俺は何も言わないし、文句を言うやつには全力で文句を言ってやる」

”昭和の頑固おやじ”そのものです。

本作は確かにミステリー要素もありますが、本格ミステリーを求めているのであれば合致しないかもしれません。

まさにホームドラマな一冊ですね。

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「夜空に泳ぐチェコレートグラミー」(町田そのこ)

「コンビニ兄弟」以来の町田そのこさんの作品。

表題作を含めた5編の連絡短編は登場人物が重なり合っていますが、それぞれの登場人物が生き生きと描かれています。

生きるのが上手ではない人物達が懸命に生きる愛の物語は、「コンビニ兄弟」とは違った「今の日本」の現実なんでしょうね。

読んだ後切なくなる物語です。

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「コロナ黙示録・狂騒録」(海堂尊)

「チーム・バチスタの栄光」シリーズの海堂尊さんが描いたCOVID-19をテーマにした作品で、「コロナ黙示録 2020災厄の襲来」「コロナ狂騒録 2021五輪の饗宴」の2作です。

2019年末からのコロナウイルス発生前から2021年7月までのコロナ禍の日本の対応をフィクションとして描かれています。豪華クルーズ船内での新型コロナウイルスのクラスターの発生など、政府・行政・自治体の対応や医療機関の対応まで、現実とオーバーラップして描かれてもいます。

コロナ対応の渦中での”公文書改ざん問題”、”首相交代問題”、”東京五輪問題”も網羅した本作は、フィクションである事はわかっていながらも、現在の”二ホン”の問題点を洗い出しているような気がしますね。

学術会議の推薦拒否を受けた歴史学者の言葉が心に残ります。

・・・「首相は『責任は痛感する』と言うが、責任は『感じる』ものではなく『取る』ものだ。責任を取らない、無責任で恥知らずな連中が権力を握っているのは残念な事だ。」・・・

・・・「現政府は米国との日米地位協定の改正など微塵も考えず、世界唯一の被爆国なのに核拡散防止条約の締結もしない。日本国民の責務と矜持をドブに捨てる行為だ。矜持なき国は亡びる。その意味で現在の政府は亡国政府とだと言って差し支えない。」・・・

「チーム・バチスタ・・・」シリーズは読んでいないのですが、未読でも登場人物達の”立ち位置”は充分理解出来ました。

文庫本の帯に記載された以下の文章が本書の全てかも知れません。

「近い将来、また襲ってくるであろう新たな感染症に対しても、本書はまたとない警告の書となるはずだ」

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「コンビニ兄弟」(町田そのこ)

九州だけに展開するコンビニチェーン「テンダネス」。その名物店「門司港こがね村店」を舞台とした物語です。老若男女を虜にする”胡散臭い”フェロモン連発の店長と、常連客とのコミュニケーション。それぞれ悩みを抱えた常連客達の「憩いの場」となり、「希望の場所」にもなっていきます。

中でもフェロモン店長の兄で”なんでも屋”ツギの言葉が心に染みます。

・・・「親が死んだとしても、腹は減るぞ。旨さを感じられないときは、どっかおかしくなっているときだ。美味しく食わねえと食いモンに失礼だろう」・・・

・・・「成功したひとはみんな言ってる。どんなことも、続けられなきゃどうしようもない。その年まで報われなくても続けられたってだけで、才能って呼んでいいんじゃないの?」・・・

高齢化社会の中で”コンビニの在り方”を描いた社会派小説と言っても過言ではないのではないでしょうか?。

こんなコンビニあれば毎日通いたいですね。

本作は「コンビニ兄弟2」として第二弾が書籍化されていますが、最後には第三弾への布石が描かれていますので、次回作に期待したいです。